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魚心あれば水心

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魚心あれば水心あり:魚と水は互いに相手を欠くことのできない密接な間柄であることに例え、相手が好意を持てばこちらもそれに応ずる用意があることにいう(広辞苑)

アマースト酒事情報告(5)―獺の瀬

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Otter Creek Stovepipe Porter
Porter
Otter Creek Brewing
Middlebury, Vermont, U.S.A.

犭偏に頼(旧)ると書いて「かわうそ」。
「川獺」と書く場合もある。

この「頼」という字には「川の瀬」という意味があり、「川の瀬にいるケモノ」を示すそうだ。音読みは「たつ(または『だつ』)」で、最初に「かわおそ」または「おそ」という動物名があり、それに外来の字が当てられた。古い日本語によくあるパターンだ。



英語のカワウソは「Otter」。「水に住む生き物」が原義らしい。語源が詳しく載っているので愛用しているジーニアス英和辞典には「otor」という古英語が由来と出ている。語源が「古英語」となっていれば、「すごく昔から使われてきて今も生き残っている言叢」か、「ものすごく日常的に使われる基本用語」。カワウソは日本でもイギリスでも、昔から身近にどこにでもいる「水に住む生き物の代表選手」と認識されてたってことだ。

ユーラシア大陸を中心に北半球に広く分布するこのイタチ科のほ乳類で日本の固有種「日本カワウソ」は今やほぼ絶滅したと考えられている。本音を言うと私は「すでに絶滅した」と思っているが、未だに高知県で真面目に生息調査をやっている人がいるので悪くて書けない。(調査事業に国家予算もついているはずだ。)私が小学生の頃にはまだ若干生き残っていて、「希少動物」としてニュースに紹介されたりしていたのだが、当時すでに私の回りの川(比較的田舎なのだが)では絶滅していた。残念なことだ。

さて、私は現在週1回、世田谷ボランティアセンターで編み物を教えている。3月末までは木曜日の午後6時から10時までで、4月以降は曜日が変わると思うが、できるだけ続ける方向で検討しているので、習いたい方はいらしてください。
まあそんなことはともかく、このボランティアセンターの「アルバイト・ボランティア登録」では「自分を動物にたとえると何?その理由は?」を書かなければならない(想像力の方向性を知るために設けられている質問らしい)。
私は昔からこの手の質問には「カワウソ」と答えることにしている。
理由は、顔立ちが似ているから。

丸顔で、鼻が大きくて、目と目の間が離れている。普通イタチの仲間は鼻先が尖っているものだが、かなり平たい顔なので「精悍さ」がかけらもない。しかしそんな無害そうな外見のくせして実は結構どう猛(イタチ科の面目躍如)で用心深く、人に慣れない。(と書いたのだが、最近、ある種のカワウソは人によく慣れ、ペットとしても買えるということを知った。これは日本カワウソの特徴なのであろう。だから絶滅したんだなと思った。)

初めて会った時に自分との類似に気づき、(それは東山動物園の『日本古来の動物』コーナーで、高校生の時だった。当時すでに日本カワウソは展示できる状況ではなかったので、中国からきたカワウソが注釈つきで飼われていた)以来ずっと親近感を抱いているのだ。

農学部時代、「家畜文化史」という授業で「河童伝説」を習った。誰でも知ってる日本古来の土着妖怪「河童」、昔は農家の貴重な財産である馬や牛を川でおぼれさせる元凶と考えられていて、河童対策として家畜小屋の近くにはよく猿が飼われていたそうである。河童は猿が嫌いなのだ。この民間療法(なのか?)はおそらくカワウソよけであろう、というのが教授の説明であった。カワウソは別に牛馬をとって食べたりはしない(主食は魚だ)が、牛馬がおぼれるような深い川(水中から直接入れる巣穴を河岸に掘るので、ある程度深くないと住めない)に生息していたための不名誉と思われる。
日本の、川の近くの集落には「カワウソ伝説」が多い。「キツネ」「ムジナ」「イタチ」と並んで「人を化かす動物」の一つと考えられ、人を化かして川に引き込むと信じられていたことも、河童伝説と結びついた理由だろう。

愛嬌があるわりには手なずけられることを嫌い、きれい好きで豊かな水量と高い水質を持つ川にしか住めないために日本にはもう居場所がないこの動物への親近感から、「獺の瀬」という会社名のビールを買ってみた。見つけたのはアマーストの酒類量販店Liqueur44。醸造所はスキー場の併設で、明らかな「観光客向けビール」であったため、味は正直それほど感心しなかった。スキー場で飲むには良いと思うのだが。アメリカの地ビールはラガーよりもエールが主流で、どこにでも小さな醸造所があるが、本当においしいやつは瓶でなく樽で流通しているので、ビアパブなどでしか飲めない。観光地などでは特に「アタリの瓶ビール」は少ないので、おいしいビールに出会いたいなら彼の地ではパブを利用した方が良いです。

「Creek」は米語では小川を意味するが、アメリカの「小川」は日本の「普通の川」程度の大きさなので、カワウソが棲むには十分なのだと思われる。同じ「Creek」でも英語になると「小さい湾」という意味らしい。海にすむカワウソ、「Sea Otter」は「ラッコ」のことで、漢字は「海獺」。「ラッコ」という音に後から漢字を当てた例だ。「ラッコ」はアイヌ語である。

ラッコも、今や希少動物だ。江戸時代まで、オホーツク海からカリフォルニアまでの広い太平洋沿岸に大量に生息していたこの動物は、良質の毛皮のためにジェノサイドと言っていいほどの乱獲にあい激減した。日本にも「ラッコの毛皮バブル」があり、その影響を受けたかわいそうな子どもが、「銀河鉄道の夜」に出てくるジョバンニである。
きっとラッコもカワウソも、人間に「どう猛そう」なんてレッテル貼りされる筋合いなんかない、と思っていることだろう。

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付記:「瀬」のつくりがなぜ「頼」なのかを今回調べてみたら、昔は川の浅い部分(つまり瀬)を頼みに川を渡ったからだそうである(漢語林)。そこから転じて「瀬」には「出会う場所」「頼みにする場所」という意味もあるらしい。頼をつくりに持つ他の漢字には懶(なまけること)、衣偏に頼(やぶれること)、籟(ドクダミの一種)などがあり(いずれも音は『らい』)、癩と書けばハンセン病のことである。頼みにするところを病み、よりどころがなくなったという意味とも、業により過去からの頼みを病んだといいう意味ともとれる。調べていくうちに、日本語の「頼む」には「繋がり」というニュアンスが内包されていることに気がついた。人に何かを頼むのが生まれつきとても苦手な私だが、今年はいろいろなことをいろいろな人に頼まなければならない年になる気がしている。「相手にゆだねて頼む(たのむという日本語の本来の意味)」のではなく「相手との繋がりを頼む」ことを意識して行動することで、「頼む」ことへの苦手意識を克服しながら前に進んでいこうと思った。
by fishmind | 2008-02-22 11:26 | 生物の話