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魚心あれば水心

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魚心あれば水心あり:魚と水は互いに相手を欠くことのできない密接な間柄であることに例え、相手が好意を持てばこちらもそれに応ずる用意があることにいう(広辞苑)

感染症パニック

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TITLE:11人いる!
Written by:HAGIO, Moto
Published by: SHOGAKUKAN Bunko
Price:¥562
ISBN4-09-191011-4



宇宙は
つねに変化に満ちている

概念が
通用しない場合もある

事態は
急変する

的確で
す早い
判断力が必要だ

常に
異端の十一人目が
存在するようなものだ

<p.119 教官のセリフ>






このマンガのことを取り上げようとして、萩尾望都の年譜を調べてみたら、想像していたよりずっと「若い」ことがわかった。

萩尾先生、今まで誤解していて大変失礼致しました。

「11人いる!」は、昭和50年、作者26歳の時の作品で、確かアニメ化もされている。
萩尾望都の名作は大量にあり、彼女の作品群の中で私がもっとも好きな作品は別にあるのだが、「感染症パニック」の対処方法をこれほど簡潔にまとめている物語を他に知らないし、最近、自分が考えているよりもずっと「漫画家・萩尾望都」という人が知られていないらしいということも知ったので、取り上げてみることにした。

ストーリーは、宇宙大学の入学試験会場から始まる。
一次、二次テストをクリアした700名の受験生が、10人ずつ70チームに分けられて、最終テストである実技試験に向かうのだが、この中の一つのグループの課題は、ある恒星軌道を回る無人の宇宙船で、53日間過ごすというものだった。
指示に従ってグループ全員が宇宙船に入り、ハッチを閉めて人数を確認すると、10人と言われたはずなのに、11人いる!

これが、タイトルの意味である。

受験生たちは誰が11人目なのかと疑心暗鬼に陥る。
宇宙船には非常時に押すようにと指示されたボタンがあるが、これを押せば「全員失格」となってしまう。受験生たちはやむなく、11人目が誰かわからない状態で、53日間のキャンプを始めることを決心する。

このマンガを「読んだことがある」と答えた友人が周りに何人もいたので、「どんな話だったか覚えているか」たずねてみたところ、面白いことがわかった。
みんなこれが「感染症」の話だったことを覚えていないのだ。「大学受験の話」「宇宙で漂流する」「11人目は教官だった」というようなことは覚えているのに、ストーリーの中心に「感染症パニック」が使われていたことは、あまり記憶されていない。
感染症が記憶に残っていないのはおそらく、この話では、感染症が完全にコントロールされてしまうからであろう。広がる前に制圧された感染症は記憶に残らないという事実は、なかなか興味深いと思った。

ストーリーの続きを紹介する。

この試験、最初に「これは協調性のテストである」と言い渡されている。受験生が不測の事態にどのように対応するかをテストするため、実はすべてのグループが「11人」で組まれていたのだ。
11人目は試験監督で、「できるだけ早くスクランブルボタンを押させること」と「受験生の安全を守ること」という二つの任務を負っており、いろいろと「メンバーの不安や不信を煽る」仕掛けをするのだが、このグループでは、不信感が煽られて破たんやパニックが起こりかけるたびに、受験生の誰かの発言が、事態を収拾させてしまう。
とはいっても人間関係の信頼感は不安定で、小さなトラブルが繰り返される。しかしなんとか大きな破たんを迎えずに30日が過ぎたとき、ついに大問題が発生する。
「デル赤斑病ウィルス」を発生させるというツタが、船内に大量繁殖したのだ。

この架空の「デル赤斑病」は、赤痢とポリオと天然痘とエボラ出血熱を合わせて死亡率を高くしたような感染症(こうやって並べるとすごい病気。パニックにもなると思う。)で、空気感染する。

非常ボタンを押そうと提案する者。
しのぐ方法を考えようとする者。
誰の責任なのか追及する者。

そんな中、一人目の発症者が出る。

発症者の発生は、緊張しきっていた人間関係を一気に破たんへと押し進める。もっとも「11人目ではないかと疑わしい」受験生(この学生は家族をこの病気で失っていた)を隔離する提案が出され、全体の意見がそちらに傾むこうとするのだが、病気で倒れた受験生が彼をかばって「11人目は自分だから、彼を隔離する必要はない」と言い出す。(この辺りの細かい事情が知りたい人は、マンガを読んでください。)

11人の信頼関係が完全に壊れ、グループが2つに分裂して、次の行動を決められなくなったこの瞬間に、一人の受験生が叫ぶのが、次の台詞だ。

「まーったく、タダ(疑いがかかった受験生)もガンガ(倒れた受験生)もてめーらも、いいかげんにしろよ!十一人目がどうしたよ!そいつは、なんのやくにもたたんじゃんか!十一人目なんざいないんだよ!へたなかばいっこしてないで、みんないっしょでいいじゃんか!」

暑さと恐怖と猜疑心で理性を失いかけていた受験生たちは、この受験生の「まくしたて」で冷静さを取り戻す。もともと、最終テストまで残った宇宙きっての優秀な人材ばかりなのだ。こんないがみあいで時間をつぶしている場合ではないと、感染症から逃れる対策を実践し始めるのである。

閉じられた宇宙船内という空間が舞台であること、最終的には逃げ場(非常ボタン)があること、構成員がすべて「一定レベル以上」の冷静さを持ち合わせていることなど、特殊な状況下を設定して作られているとはいえ、パニックはどのように発生し、それを抑えるには何が必要かがコンパクトに押さえられた物語になっている。
感染症の話であった事があまりみんなに記憶されていない、というのは、私には意外に思えた。(しかしそんなものかもしれない。私は感染症には昔から過敏に反応する方だから記憶に残った、ということなのだろう。)

私は大学時代、松本市で起きた日本で最初の「エイズパニック」を経験しているので、パニックを起こした集団ではこんな落ち着いた「話し合い」は絶対に持てないという事を知っている。パニックは「騒乱」という意味で、恐怖からただ騒ぎ立てているような状態を指す。実際のパニックでは、恐怖のために合理的な判断ができなくなっているだけでなく、その「不合理な判断」こそが合理的だと「多くの人が思い込んで」いるので、冷静になれとか話し合おう、といくら言っても無駄なのだ。
だからもし、パニックを収拾させたいなら、「起こりかけた瞬間に収拾」させなければならない。

一旦パニックが起これば、恐怖による根拠のない暴力が必ず生まれる。恐怖と暴力は双子の兄弟みたいなものだからだ。
その上、パニック時の暴力は、振るった側に「暴力」だと自覚されにくい。恐怖により、自分の状況を把握するのが精一杯なので、その時に恐怖から過度の暴力(精神的・心理的な暴力である差別的行動も含む)をふるっても、自分がした事は「正当な行為」で、「暴力」ではないと思ってしまうんである。「暴力」だと自覚されない暴力は世界にいっぱいあるが、その最たるものの1つが「パニック時の暴力」だと思う。

そして「パニックの後遺症」とでも言うような「人間関係や社会の不信感」は、長くトラウマとなって、人々を苦しめる。
戦争がいい例だ。

昨日の講座では、当時のパニック報道をなぞりながら、パニックによってスティグマ化された疫病の「脱スティグマ化」をどのように進めるのかという主旨で、プレゼンテーションを行った。かなり時間が足りなかったし、整理が悪くて、言いたい事が十分伝わらなかった部分もあったが、参加者の多くは当時のパニックを全く知らなかったので、プレゼンテーション資料には興味を持ってもらえたようだ。

あの感染症パニックが、それまで築かれてきた人間の信頼関係をあっという間に見る影もなく破壊するのを目の当たりにして、「恐怖に向かってなお冷静さを保って行動するためには、何が必要なのか」ということに強い興味を持ったのが、動物の行動学を専攻していた私が、この問題に深く関わるようになった原点だ。

エイズパニックで発生した差別=暴力は、それまで見聞きした差別、例えば部落解放や在日コリアンの問題とは構造が異なっていた。私の周りでは、わずか数週間で社会(コミュニティ)に共有されていた「安全意識」が完全に壊れ、人々は疑心暗鬼になり、やっきになって、自分たち(コミュニティ)の内部にある「見えない他者」を排除しようとしているようだった。それは「正当な行為」であり、「暴力」だとは全く見なされていなかった。

あの時、暴力はいろいろなところに、いろいろな形で発生した(私が最も極端だと感じたのは、松本ナンバーの車というだけで石を投げられた、というものだ)が、一番たちが悪いと感じたのは、通常「冷静な判断ができる」とされ、オピニオンリーダーとなっているような人、例えば新聞記者(1986年のパニック当時は今よりも新聞の信頼性は高かった)や医師など(最も過酷な差別は医療現場で発生した)の立場の人が「自分も恐怖から冷静な判断ができなくなっている」と疑ってみることなく、率先してパニックをあおっていたことだ。

今振り返ってみると、現実の社会の実態が多様であることを無視して「みんな同じ」を前提条件に社会を考えている日本人にとって「内なる他者」というイメージは想像以上のインパクトだったのかもしれない。どう考えても想像を絶する差別「ハンセン病隔離政策」を何の疑いもなく放置し、自分たちの暴力性はなかったことにして、社会に戻れない回復者を「気の毒な人たち」にしてしまえる民族なのだから。

私は今もって、あのとき「パニックを抑える立場にある」と自覚してリーダーシップを発揮していた人がどこにいたのかわからない。もちろん血友病患者団体の人は抗議の声を上げていたけれど、それは「差別から自分の身を守るため」であって、「パニックを抑える立場」として行動したわけではなかった。

感染症差別は、恐怖の対象が内部に生じることで発生する。外にあるなら冷静に対応できても、すでに中に入ってしまっているものを「客体化」して「冷静に」対応を考えるのは簡単ではない。

「11人いる!」を読み返すたび、いつも、パニックのさなかに「いいかげんにしろ!冷静になれ!」と叫ぶ理性が、通常の「冷静さ」とどこが違うのか考えてしまう。
声を出す学生は、普段はグループの中では比較的「かっとなりやすく」「単純すぎる」と評価され、低くみられていたのだが、「とっさに声を出す」ことをためらわない行動が、発生しかかったパニックを収拾させ、このことが他のメンバーに彼(彼女?実はこの受験生は両性体という設定なのだ)の価値を再認識させることになる。

このタイミングで、こういうふうにとっさに声が出せる人間が集団内にいることはとても珍しい。
そして、その発言の意味を瞬時に的確に判断し、今まで自分が低くみていた相手の評価を改めて、すぐにその提案に従って行動できる、他のメンバーのような性格もまた、珍しい。

物語なのだと言ってしまえばそれまでだが、感染症パニックだけでなく、「エリート教育」のあり方も、考えさせられはしないだろうか。どうすればこういう「人物たち」が育つのだろう。
メンバーの協調性によって大きな危機を乗り切ったこのグループが、宇宙大学に見事トップ合格する、というのがこのマンガのオチで、その最後の部分で、11人目である「教官」が発するのが冒頭の台詞である。

総理大臣と内閣が変わって、教育システムの大きな見直しがすすめられるようである。
私は、しっかりした危機管理力のある人が選ばれてエリート教育を受けるシステムには賛成だが、学校という閉ざされた環境の中だけでは、変化に富む外部環境に対応できる訓練を十分積む事はできないとも考えている。

新しい政権が、学校外の学びの場として導入しようとしている「奉仕活動義務化」(すでに一部で導入は始まっている)と、異端の11人目が常にいるのだという環境を意識しながら、そこで調和を求めていくにはどうしたらいいかを教育しようと意識して組まれた、「自由な学びの場を保証しながら試練を与える」この物語に出てくる宇宙大学のような教育システムは対極のものだ。
どちらも「エリート教育」を目指しているのだが、本当に危機に強いのは後者の教育ではないか、と思うのだが、どうだろうか。

「エイズ」が社会に与える影響は、当時(1986年頃)とは比べものにならないくらい大きくなった。前と同じような同じような「エイズパニック」がまた起こるとは考えにくいが、別の「パニック」が発生したとき、「冷静になれ!」と大声を出せる文化(個人なら「性格」だろうが、コミュニティなら「文化」になるんじゃないか?違うかな?)は、20年経ってなお私たちの中には根付いていないと感じている。
だからもし今、何らかの別の新しいパニックが起きたとしたら、またあのときと同じように「あおられたパニックの尻馬に乗るような」リーダーシップが発揮されやしないかと、私はとても心配している。(そのパニックの行きつく先が戦争だったりしたら。とても最悪な想像力だが、全くあり得ない話ではない。)


若き天才漫画家が若干20代で描いたこの120ページほどの中編マンガ、ここに書いていないいろいろな伏線もあって、細かい事象や台詞まわしに考えさせられる場面が非常に多い。
興味を持った人は、ぜひ読んでみてください。
天才作家の、天才たる所以がわかると思います。
(萩尾望都は天才、という主張に反論する人はいないと思います。ちなみにこのマンガ、天然痘撲滅宣言が出される5年前に発表されました。)

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by fishmind | 2006-09-30 22:31 | 感染症の話