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魚心あれば水心

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魚心あれば水心あり:魚と水は互いに相手を欠くことのできない密接な間柄であることに例え、相手が好意を持てばこちらもそれに応ずる用意があることにいう(広辞苑)

喰い改める

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Chateau Carbonnieux Rouge
2000 Pessac-Leognan A.O.C.
Grand Cru Classe de Graves
Mis en Bouteilles au Chateau Carbonnieux
Gironde, France

以前、師匠の奥さんSさんと、神楽坂のあるフレンチビストロに行って、はずれだった話を書いた。

この時別れ際にSさんが「今度私のとっておきのお店を紹介するから、一緒に行きましょう!」と誘ってくださった約束が、先日実現した。



喰い改めに行ったのは、浜松町のフレンチレストラン。ビストロではない。
このレストラン、先生の友達のお姉さん(か妹か忘れた)が結婚した相手がこの店のシェフだった、という、遠いんだか近いんだかわからない関係のお店だそうだ。
しかしシェフの腕は確か、というSさんのお墨付きがあり、とても期待して出かけた。

私の写真の師匠は、料理にうるさい。
写真の仕事で世界各地を旅して覚えてきた料理を家で作ってみるのが好きで、タイやインド料理など、まだこれほど一般的になる前からあれこれと材料を揃えては家で作っていた。アシスタント時代に手伝わされて、私もアジア・エスニック料理が多少は作れる。
師匠はヨーロッパにもよく出かけ、土地の有名レストランは一通り試している。料理の腕前は「アマチュアの男の人にしては形になっている」程度(失礼。でも事実)だが、プロの仕事を舌で評価する時は、かなり的確かつ厳しい。
奥さんであるSさんも「おいしくないものは食べられな〜〜い」って感じの美食家だ。あまり身体が丈夫でなく、食が細いため、外で食べる時は極力「おいしいところ」に行って元気をつけるのだという。
「このお店はね、本当に元気がない時に、こっそり一人でランチを食べに来るところなの。」と、Sさん。「全然食欲がない時でも、頑張ってここまで来て目の前にお皿が出てくると食べられちゃうの。それに食べた後、身体の中から力が湧いてくるような気がするのね。」
「お店が二軒あって、オーナーシェフがいない日もあるけど、今日はちゃんと電話して確認したから大丈夫よ。」
うーん、聞くからにかなり期待できそうだぞ。

入るとすぐ、シェフコートを着ていない、気さくな感じのオーナーシェフが現れた。「今日のお勧めは何?」Sさんが尋ねると「オレ、今日何作るって言ってたっけ?」とギャルソンに聞いてる。
これもやはり、レストランにしてはかなり気どらない雰囲気の若いギャルソンが、早速メニューを持ってきてくれた。
「おーそうだった。さっきこのスープ仕込んだんだった。うまいよ。肉はね、コンフィも良いけど、今日のスペシャルは常陸の豚だよ。」
通常のディナーと、少し高い特別コースがあったが、せっかく来たのだからと特別コースを頼んだ。

特別コースのメニューは以下の通り。


タラバガニ入りグリーンピースのスープ
天然ホウボウの白ケシの実付け焼き
鴨もも肉のコンフィ
グラス菓子
グレープフルーツのパートフィロー包み焼き
コーヒーと小菓子


欄外に、「メニュー以外の食材もご用意しております。苦手な食材がございましたらお申し付けください。」と書いてある。
実は私、グリーンピースが苦手だ。それからグレープフルーツの焼き菓子も、好きではない。
グリーンピースが苦手なのは、独特な匂いのせい。しかし、摘みたての豆には匂いがないことは知っている。Sさんの舌は信頼しているし、シェフが「さっきオレが仕込んだばかりだからうまいよ。」という口ぶりが、本当に良い仕事をしている人のそれだったので、このシェフに完全にまかせて間違いない、と、特に何も言わなかった。

ちょっとしたオードブルをいただきながら待っていると、スープがやってきた。
淡いグリーンのポタージュに、タラバガニの団子が入ってる。

これは、うまい。
か、な、り、うまい。

実は私、タラバガニもそれほど好きな食材ではない。理由は大味だからだが、このくらい繊細に作っていただけるなら、タラバガニも捨てたもんじゃないと思った。
普通最初のスープの味は、お料理が進むにつれて薄れてしまうものだけど、このスープは、鴨肉が出て最後にコーヒーが出てくるまで、ずっと鼻の奥に香りの印象が残ってた。(実は翌々日くらいまで残った。ちょっとすごい。)
それに、コンフィ。
全然脂っこくない。コンフィをちょこっと、バケットと赤ワインでいただくのが好きなのだが、コンフィの味って、油がすべてを決めてしまう。シェフが「うちのコンフィはよそとは違うよ。」とコメントしたが、確かによそとは違う。って、これ、伝統製法じゃないでしょう。完全にシェフのオリジナルだよね。ものすごく繊細な油の使い方だ。

グレープフルーツのシュトゥルーデル風デザート。
絶品。
グレープフルーツの焼き菓子でおいしいと思ったこと、今まで一度もなかったけれど、ああ、こういう風にすればおいしいんだ、ってことがわかった。
要するに、クリームと果物と粉のバランスの問題なんですね、シェフ。

メニュー全般に言えることだが、このレストランはフレンチスタイルでありつつ完全に「ニッポンのフレンチ」。しかも感心するのは、それでありながら、醤油やその他和の食材を組み合わせるなどの「ヌーベル・キュイジーヌ」風演出は一切ない。
素材の力におんぶにだっこ、あとは日本人が好きな醤油やごまやショウガを使ってポピュリズムに迎合し「最近話題のレストラン」なんて雑誌に紹介されてるお店でよく見るような戦略は全く使わず、シンプルに素材にこだわりながらも、本当に細かいところにまで行き届いた気配りで手が加えられているところに「ニッポン」を感じるのだ。
確かなフランス料理の技術を持ちながら、無理してフランス風の素材にこだわるのでもなく(例えば良質の乳製品は日本ではとても手に入りにくい。)、日本で手に入る食材を基本に、どうしたらおいしい料理ができるかという点から緻密に計算されたこのようなメニューは、自分の技術と舌に絶大な自信がある人でなければ作り出せない仕事である。

シェフ、すばらし〜い。

がっ!今回の喰い改め事業で唯一汚点になったことがある。
それは、ワイン。
しかもこれ、私が選んだのだ。誰のせいにもできない。
実はSさん「今日は私がごちそうするんだから、好きなワイン選んで良いわよ。この高いのでも良いわよ。どう?」と言ってくださったのだ。しかしおごられるシチュエーションで2万円のワインを指さす図々しさは、私にはなかった。(だってレストランで2万円なら多分6000円くらいのワインなのがわかってるんだもの。)

この店の一番安いワインは5000円である。
「じゃあこの1万円の赤にしましょうか。」と決めた上記の赤ワイン(ちなみに近所の酒屋に同じものが4000円で出ていたのを先日発見した。)だったが。
合わない。
このメニューなら、まず白を頼まなければいけなかった。そしてもう少し良いワインを頼むべきだった。

自分で選ぶんじゃなかった。メニューを知ってるシェフに選んでもらうべきだったのである。うう、悔しい・・・。
飲みながら頭をよぎったのは、このイベントのつい4日前に実家で飲んだムルソー
「あのワインならこの内容にぴったりだ・・・。」
つい、力一杯ほぞをかんでしまった。
メニューに適切なのが販売価格9000円のムルソーだったとすると、原価率4割(良識的な原価率ではあるが)として、22500円のワインをオーダーする必要があったわけだ。
特別コースが10500円だから、二人できて適切なワインを頼もうと思うなら50000円は見ないといけない。ごちそうしてもらうにはかなり勇気がいる値段である。
とは言っても、自分じゃ払えないしな。

まあ当分、レストランメニューを眺めて日々を過ごすことにする。

b0010426_0262642.jpgさて、このレストランの名前だが。
Sさん曰く。「ホントはね、このレストランのことみんなに紹介したいの。でも私のとっておきのお店だから、すごく紹介したいのと同時に、でも秘密にしておきたい、っていう気持ちも働くのね。だから内緒にして。」

と言うことなので、名前は証しません。
パンフレットの写真を掲載しておくので、想像してください。
と言っても、浜松町近辺のフレンチでこれだけの記事を書けば、フレンチを知っている人は多分わかっちゃうだろうな。

わかった人は、秘密にしてね。

私も食欲がなかったり、とてつもなく元気がない時は、これからはここにこっそりランチに行こう。ランチなら、たまの贅沢に払える値段みたいだから。

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by fishmind | 2006-05-14 00:27 | お酒の話