ブログトップ

魚心あれば水心

uogokoro.exblog.jp

魚心あれば水心あり:魚と水は互いに相手を欠くことのできない密接な間柄であることに例え、相手が好意を持てばこちらもそれに応ずる用意があることにいう(広辞苑)

香りの記憶

b0010426_0262524.jpg

ICHIBANSHIBORI-Non Filtered-
Lager Beer
KIRIN
Tokyo, Japan

キリンのチルドビールシリーズは、すでに取り上げたが、シリーズで一番最近出たのがこの「一番搾り・無濾過」。

私は比較的「キリン党」だ。



別に他の大手と比べてキリンが「突出して優れている」なんてことは決してないのだが、通常価格、高級ビール、発泡酒と、全体的にまんべんなく「合格点」をとっている。
あとはラベルかな。
先日ニュースになっていたが、何でも昨年ついにアサヒを抜いてビール市場のシェアトップを占めたそうだ。スーパードライ登場以来ずっと「臍を噛み」続けていたのだろうと思うので、まずはおめでとう、って気持ちだ。
まあ「ビール以外の製品」では他社より遅れをとっている(個人的意見)と思われるので、ビールくらいは勝たせてやってくださいよ。(←誰に言ってんだ?)

キリンの標準価格ビールは「一番搾り」だが、私は同価格帯では「クラシック」を買うことが多い。単にノスタルジーの問題だ。二者にはそれほど差がないが、一番搾りの方が若干今風(軽やか)ではある。
この「一番搾り・無濾過」は、「一番搾り」と同じ麦汁を使って、他のでんぷんを添加せず(麦芽とホップのみ醸造)製品化してチルド輸送、という、合格点なラガービールである。
が、330ml249円(ナチュラルローソン価格)。小規模醸造の地ビールと同じなら、私は地ビール買いますよ。

と言うことで、もうあまり買わないと思うのだが、一つ気がついたことがある。
栓を開けた瞬間の香りが、小さい頃家で嗅いだビールの匂いと同じなのだ。
その瞬間私は、昔家にあった古い冷蔵庫の一番下に常に横たえられていた茶色のビール瓶を取りに行かされている、幼い子どもに戻っていた。

ある「感覚」がきっかけで、一瞬にして長い時間を超えて過去に引き戻される経験は、プルーストの「失われた時を求めて」のマドレーヌのエピソードが有名だ。実はこのエピソードの本質を理解しようと、私は何度もこの難解な小説に挑戦し、そのたびに歯が立たなかった。チャレンジはもう諦めたが、考えてみれば、多くの人がこのような経験を持つのは不思議なことである。
さらに不思議なのは、子どもの頃の「キリンビール」を復刻したと言われている「クラシック」ではこんな感覚はよみがえらないのに、なぜこの製品では甦ったのか、ってことだ。

私にはかつてもう一つ、記憶を甦らせる商品があった。それは、井村屋の肉まん。
何かの機会にこれを食べるたびに、必ず小さい頃の仲良し「Cちゃん」の家の庭で遊んでいる幼い自分に戻ってしまっていたのだ。しかしある時(多分7〜8年前くらい)から、戻ることが全くなくなった。
商品の匂いが変わったためだ。
この変化は本当に微妙で、多分何か1つの香辛料が使われなくなったとか、量が減らされたとか、そういう結果だと思う。しかし本当に面白いように「ぴたり」とフラッシュバックが止まったのだから、人間の脳って恐ろしい。

ビールに話を戻すけれど、昔の「キリンラガー」とこの「一番搾り・無濾過」は違う商品だ。昔の記憶にあるラガーはもちろん濾過され、でんぷんも添加されていて、今の「クラシック」の方がなんぼか近い味だろう。しかし何でか、匂いはこっちの方がはっきりと「懐かしい」。
この匂いの特徴が「良い香り」でないことも気になる点だ。おいしいビールに感じる「華やかな」香りとは違う独特の「癖のある匂い」を感じるのだが、この「癖」が私の「懐かしさ」に直結する要素となっているのである。
原因として一番考えられるのは「酵母」。無濾過のせいで、酵母の特徴が強調されているとしか思えないんですが、どうなんでしょうね。

ビールそのものの味は、余分にお金を出して買うほど「おいしい」って訳じゃなかったけど、この疑問の解明にこだわって、もう一度試してみようという気になるかもしれない。世の中には同じ値段でもっとおいしいビールがいっぱいあるというのに。

原因にこだわるのは、やめよう。(←自分に言い聞かせている。原因究明にこだわりたい性分で損ばかりしてきたからだ。)

記事が気に入ったらここをクリック!
[PR]
by fishmind | 2006-05-10 00:28 | お酒の話