水元公園の春

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TITLE:水元公園撮影会
DATE:2006年4月8日(土)
TIME:11:00~15:30
AT:東京都立水元公園
FEE:Free(実費+交流会費)
BY:わかばてい写真講座



月1〜2回、ボランティアでデジタル写真加工を教えている。
去年の秋から半年間、遊びのつもりで知り合いに教えていたら、わりと評判が良く、続けることにしたためだ。



もしこのまま順調なら、多少お金を取ることも考えているが、まだカリキュラムが固まっていないので、あと半年はボランティアで続けてみるつもりだ。
去年の秋に始めたコースは、基礎理論から始まって6回で初心者が「おしゃれなポストカードを作る」ところまでをカリキュラムにしてみた。とりあえず予定通り終了はさせたが、半年終わってみて痛感したのは「まずは、元になる写真撮影の指導をするのが先だ・・」。

現在の参加者は、口コミ募集のせいもあるのだが、退職したか、退職を目前にしたシニア層中心で、ワード、エクセル、メールなどは使えるが、「画像ソフトは初めて」な人たちばかり。簡単な修正機能を教えてほしい、という依頼から始まり、最初はトーンや色彩の修正、トリミングなどを教えていたが、教えれば教えるほど、「デジタル加工を覚えるより、写真を撮る時にもう少し気をつけた方がいいのでは?」という気持ちになってきた。

というわけで、4月から内容を「デジカメ講座」ではなく「写真講座」に切り替え、まずは基本の撮り方を教えるべく、先日、撮影会を開催した。

実は恥ずかしながら私、撮影会で撮影指導をするのは初めてである。そもそも「撮影会」に参加するのが写真学校以来なのだ。
もともと、みんなで一つのテーマを元に一斉に写真を撮る撮影会という形式自体が苦手で、学生時代も、合宿や授業の「撮影会」にはもちろん参加したけれど、有志の撮影会はみんなパスしてきた。なのに、いきなり企画、いきなり指導者。
「大丈夫なんかいな」と思いつつ、ま、基本操作(カメラの構え方レベルから指導が必要な人ばかりなので)や光の読み方の概略を教えるだけだからできるだろう、とやってみたのであった。

b0010426_8214085.jpg行き先は水元公園。東京都立公園の中ではもっとも広く、野鳥や昆虫も多く棲息している。ちょうど桜の季節でもあり、参加者の多くが行きやすい(講師の私のみ遠いが、あとは参加者全員が葛飾、江戸川周辺に住んでる)ということで決めた。
当日の天候は不順で、途中雨が降ったりもしたけれど、時折日の差す時間もあって、風景撮影としてはそれほど悪くないお天気だった。孫連れで来た参加者もいて、風景と子どものスナップ撮影を約3時間指導したが、とにかく、撮影指導がこんなに疲れるものだったとは・・・。初めて知った。
全く基本を知らない人に、すべて口頭で説明する(ホワイトボードや図説を使わないで)ってホントに難しい。

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参加者はいつもフルオートで撮影している人ばかり。それでもなかなか良い写真を撮る人もいて、もう少し理屈がわかってほしいと思ったので、被写界深度とレンズの長さの関係を説明してみた。

「????????」。

もう一度カメラの操作を加えながら説明。
「????????・・??」。
「うーん、要するに、望遠レンズだとぼけやすい、ってことですよ。」

クローズアップモードでいつもうまくピントが合わないという人に、「クローズアップモード」の特徴を説明。
「?????????・・」。
「そうですね、クローズアップだからといって制限なく寄れるわけではないので、合わない時は下がってみましょうね。」
「はーい。」

難しい・・・。
大学時代にアルバイトで中学生の塾の講師をしていた時を思い出した。一応全教科教えていたのだが、理科を教えるのが一番難しかった。自分が勉強で苦労していないもんだから、生徒がどこがわからないのかがよくわからないからである。
自分が苦労した勉強は、相手がどこで躓いているのか手に取るようにわかるし、どう説明すれば良いかもよくわかる。
実は当時、私の「英語」の授業はわかりやすいと評判になり(私だって中学生のできない坊主になら英語を教えられるんですよ、Tさん。)、クラスを分けなければならないほどの生徒を持っていた。(今より稼いでいたかも。)

b0010426_8285569.jpgとにかく今回一番困ったことは、質問されている内容の理解にものすごく時間がかかることだった。まず「何について質問されているのか」が、わからない。これは相手が「単語を知らない(カメラ用語)」ことと、「どんな写真を撮りたいか」が言葉で描写できないことで起きていた。質問者にはとりたいイメージがあるのだが、それが何なのか、言葉から掴み取れない。
仕方がないので、大まかに教えた後、次回教室に、パンフレットでも写真集でもいいから、撮りたいイメージの写真を持ってくるように指示した。半年間の講座でかなり用語を教えたつもりだったのだが、生徒が覚えていない、または知っていてもその単語を使いこなせないために、的確に説明することができないのだとわかったので、次回からもう一度、教室で図を使って説明し直すことにする。資料も作らなくちゃ。

ここまで記事を書いて来て、何の勉強でも、教える側と習う側の関係って同じなんだなあ、ということにはたと気づいた。
教えるって行為は、教える側と教わる側が「理解」を一致させる作業に他ならない。教わる側が自ら「訓練」しなければ身につかないことも多いが、教える側が最初の「納得」をうまく作り出せない限り、いくら習っても生徒は上達しない。これは、教え、教わるいろいろな場面で同じように言えることなんじゃないか。
この「納得」、うまく言葉のコミュニケーションがつながらないと生まれないもんだと思う。
「盗んで覚えろ」「背中をみて覚えろ」みたいな教え方で技術を身につけた昔風職人は、言葉を丁寧につないで意味を伝える作業が全般的に苦手だ。
実は生徒さんの中に、偉い写真家の先生に習いながら、私の教室にも来てくださっている人がいる。私の講座の方がよく理解できるんだそうだ。その某偉い先生が「良い」とか「ダメだ」とかしか言ってくれなかった写真を持ち込んで、私の講座で質疑応答しながら自分の撮りたいイメージを振り返るうちに、いろんなことがわかってくるんだそうである。
仕事の実績は偉い先生の方があるんだと思うが、言葉は私の方が使えている、ということなのだろう。

これからの時代、ますます「昔風」「言わずもがな」「自分で考えろ」方式は通用しなくなるのかもしれない。教える側がちゃんと言葉を使う技術を持たなければいけないな、と思う一方、でも、全部言葉で教えてもらおうとする人は、結局どこかで伸びなくなっちゃうんだよな、という気持ちもココロのどこかにある。
丁寧な説明は柔らかい食べ物みたいなものだ。成長するにつれて固いものも食べるようにしないと、対象への咀嚼力が育たないんじゃないかと思うのだ。

しかし、ま、定年後のシニアで、「孫の写真を可愛く撮りたい」レベルの私の生徒さんたちは、これから固いものを食べなければならない必要はない。これから写真を習いたいと思う人たちの多くはこういうシニア層だと思うので、この講座でちゃんとお金がとれるようにするには、まずは私の「説明力」を鍛えることが先決だな。

この講座、今のところ、実費と交流会費用のみで誰でも参加できる。興味がある人は「わかばていデジカメ講座参加希望」とタイトルして、お問い合わせください。→racco1650@yahoo.co.jp

注)「わかばてい」とは、教室を開いている事務所の名前。シニア向けの放課後クラブ活動みたいな各種パソコン講座を開いています。

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