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魚心あれば水心

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魚心あれば水心あり:魚と水は互いに相手を欠くことのできない密接な間柄であることに例え、相手が好意を持てばこちらもそれに応ずる用意があることにいう(広辞苑)

ニットカフェ

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TITLE:Stich'n Bitch!
DATE:altermate Tuesdays (1st,3rd)
TIME:about 18:30~21:30
AT:The Pink Cow(表参道または渋谷より徒歩7分)
http://www.thepinkcow.com/



「カフェ」が流行っている。
らしい。

喫茶店経営関連の雑誌(「月刊飲食店経営」とか、「カフェ&レストラン」とか)には、「カフェ」「雑貨屋」の経営コースがある専門学校の広告がひしめいている。こうした講座、そこそこ繁盛しているようだ。



我が家の近辺は、渋谷や代官山、自由が丘などと比べると若干地価が安い「若者の街」であるため、このような学校を卒業したと思われる若い人が、小さいけれど「一城の主」として構えたお店が日々開店している。

「カフェ」とはコーヒーを出す店、つまり「喫茶店」のことだから、普通の喫茶店(この表現ヘンだけど、一応)もドトールも「カフェ」と言えると思うのだが、今はやっている「カフェ」は、これらと一線を画したお店を指している。私にはいまいち意味不明なのだが、従来の喫茶店と「カフェ」を分けるのは「コンセプチュアル」であるかどうからしい。やっぱり意味不明なのだが、要するに、ただコーヒーと「カフェめし」(軽いランチ的お食事="Snack")を出すだけでなく、そこに何かの「こだわり」なり「価値観」なりが反映されているのが「カフェ」と呼ぶに値するお店と認識されているようだ。

従来型の喫茶店で何か食べようと思えば、トースト、サンドウィッチ、ピラフ、カレーくらいしかないのが普通だった。これらのメニューは仕込みが簡単、ないしほとんど必要ないからだが、「カフェ」の場合は「カフェめし」というワンプレートランチ(一枚の皿にメイン料理とサラダ、パンやご飯などが全部盛り合わされたもの。これにスープなどのドリンクが付いているのが一般的。)に力を入れている。
「カフェめし」の質がメディアの露出度を決めているようだが、残念ながら「感心する」メニューにはまだ出会っていない。(オーダーしてから出てくるまでも、家業でメニューを作っていた者として見るとかなり遅い。慣れてない、って感じだ。)こぎれいにしつらえてはいるが、ちゃんと料理を勉強した人が作ったわけではないのが丸わかりな味である。しかしこれは「開業ノウハウ」で勉強して開店したばかりの若い店主に期待する方が無理なのかもしれず、最終的にはちゃんとした店が生き残るだろう。

さて、ここまで書いてもまだ年寄りには「従来のおしゃれな喫茶店」と「今はやりつつあるカフェ」との差がよくわからないと思う。近所のカフェを5軒ぐらいチェックしてみた結果、こうしたお店にキーワードのように並んでいるのが、「オーガニック」「スローフード」「フェアトレード」などの外来カタカナ語だということがわかった。またコーヒーよりも(従来型喫茶店によくある「ウィンナーコーヒー」や「コーヒーフロート」などのアレンジコーヒーメニューは全くみない)「スムージー(凍った果物で作ったシェイク)」とか「ハーブティー」などのドリンクメニューに力を入れている。
そして、だいたいが夜遅くまで開いていてお酒も飲める。

「環境に優しく」「健康指向で」「女の子対象メニュー中心」「だけどお酒が飲める」喫茶店=近頃のカフェ、という図式である。

こうなると思い出すのが、80年代にはやった「カフェバー」だ。
私は「喫茶店」が家業であったため、喫茶店経営の歴史的変遷(60年代以後現在まで)にはそれなりに詳しい。で、「カフェバー」とは、バブル経済によって大学生が「貧乏人」でなくなり「市場」を形成したことで発生した外食産業の一形態である。70年代までは大学生は貧乏人であり(必ずしもそうとも言えなかったと思うが、世間的には大学に行くのはまだまだ特別観があり、彼らはお金を持っていないと考えられていた)普通下宿やアパートなどで集まって飲むのが普通であったのが、80年代になると、大学進学がかなり広く一般的になるとともに、「女子の大学進学」が増えて「女子大生」ブームというものが起きた。

それまで(80年以前)の「大学に行くような女の子」は、世間から「男まさり」とか「可愛くない(はっきりブス、と思われていた、と言っても良い)」というイメージを持たれていた。実際には素材の優れた女子大生も一杯いたと思うが、男はバカなので、おしゃれや化粧をしないでも「きれい」に見えないと「きれい」と認識できなかったのではないか。まだその頃は、大学であっても学校に厚化粧していく時代ではなかったのである。
また、例え「見目麗しい」「女子大生」(例として適切かどうかわからないが、例えば吉永小百合さんとか)がいたとしても、その人は「賢すぎて」自分なんか相手にしてもらえない、という鬱屈感が「大学に行く女なんてブスばかり」という言説を生んでいたと思われる。

カフェバーの流行は、そうした「高嶺の花」あるいは「ナンパ対象外」と思われていた「女子大生」が「手の届くところに降りてきた」と思われ始めたことでブレイクした。バブル経済と期を同じくして、メディア(テレビ&雑誌)が「カワイイ女子大生が世の中には一杯いる!」「お嬢さん風だけど、彼女たちって案外○○なんだよ!」(この○○には、いろいろなばかばかしい男の妄想的キーワードが入る)という主旨の啓発を行った結果、「大学に行ってる女の子でも、自分たちのこと相手にしてくれるんだ」みたいな意味不明のファンタジーが世の男性の間に蔓延した。
それまで(80年以前)は、女の子(注:ちゃんとしたお嬢さん。この表現も差別的だなあ。)を誘って二人きりで飲める場所は「レストラン」しかなく、要するに「お食事でも」という誘い方になる訳で、それなりの心づもり(その先に対する責任の所在がある程度明確である、ということ)がないと誘えなかったわけだ。しかし「カフェバー」という、「喫茶店に誘うくらいの気軽さで誘える(でも喫茶店ではない=発展的なことが何か起こるかもしれない)」お店が提案され、バブルで「お金はあるんだぜい!」と盛り上がっていた男にお金を使わせようと、「こうすればあの子をオトせる」みたいなノウハウ(ほんっとーにバカげた内容であった)を男性誌が軒並み特集した結果、「コーヒーも飲め、食事もできるが本質的にはバー」である「カフェバー」が、女の子をくどく場所として世間に乱立することになった。

当時を知らない人に説明すると、それまで、ただのバーにはコーヒーがないのが普通で、コーヒーがあってお酒が飲めるバーは、何か他の意味を持つお店であった。
実は私はこの「カフェバー」ブームな時代にジャズバーでバーテンダーのアルバイトをしていたのだが、例えバーであってもジャズを聴くのが本来目的なお店ではコーヒーが飲めた。ただこのタイプのお店は基本的に一人で来るもので、「女連れ」で来てももちろん良かったけれど、後で「女を見せびらかしに来た」と仲間から軽蔑されるのがオチであった。私が働いていた店は若干のカクテルが作れるようにしてあったが、カクテルが出ることは滅多になく、バーテンダーの仕事のほとんどはつまみを出すことと、ウイスキーを調合する(客によって濃さがうるさい)ことであった。
ちゃんとしたバーテンダー(私みたいなアルバイトではなく)がいる「きちんとしたバー」も、最近はエスプレッソマシーンなどを入れてコーヒーが飲めるようにしてある。しかしカフェバー出現以前は「コーヒーは食後の飲み物(レストラン)」、その後に行くのが「バー」と、かなりはっきり棲み分けされていた。レストランとバーの間に大人のハードルがあったのである。
今思えばカワイイ時代であった。

さてそこで今ブームの「カフェ」と当時の「カフェバー」の最大の差だが、これは、今の「カフェ」は圧倒的に「女性が一人で入れる」ことを前提に作られていることにある、と言える。女の子が一人で夜の時間を過ごせる場所、というコンセプトだ。

私の観察結果だが、これは突出して「東京的行為」である。地方都市にも「カフェ」はあるが、「夜遅く」「女の子一人で飲める店」となると少ない。(これは私自身が出張時に困ることが多いので、実感。)しかしこの近所のカフェ(従来型喫茶店との差を明確にするため、夜10時以降で比較。)で観察した結果、一人でご飯&何か飲みながら読書(が圧倒的に多い。一部「勉強」や「PC」の人もいるが、少ない。)している若い(20代くらい)女性を結構見かける。外見は「専門学校学生風」。これは単にファッションに対するこだわりが強く見られるという意味なので、大学生かも知れないし、社会人なのかもしれない。
私はこうしたカフェで長時間読書できる人が若干信じられない。というのも、多くのカフェは椅子の座り心地が悪いからである。これも流行だと思うのだが、これらのお店は安く開店させるために、古い家具(ちょっとおしゃれだがぼろぼろ)を使っていることが多いし、読書には暗すぎたりもする。強いて読書をしようとするなら、写真の多い雑誌をぱらぱらめくりながら時間を過ごす、くらいのことしかできない。
実際、彼女たちは、そうして時間を過ごしている。
要するに「カフェ」は「時間を過ごす」ための店なのだ。自分の「お気に入り」の店(お気に入りの価値観を反映した内装&メニューがある)で「お気に入り」の時間を過ごす「私」のあり方を、「カフェバー」の時と同じように、多くのメディアが提案している。主に「女の子」向けに。
この「カフェばやり」、今、刹那的にお金を使ってくれるのは「都会の女の子たち」ということを端的に示していると言えるかも知れない。

最近のカフェのあり方でもう一つの特徴である「コンセプチュアル(笑)」という点だが、こちらは比較的わかりやすい。同じ価値観をともにする人たちが集まる場所としての「カフェ」という程度の意味で、先日のWBC関連ニュースでは「都内のスポーツカフェ」の様子が報道されたりしていた。ネット環境の普及によって都内では「インターネットカフェ」の数は徐々に少なくなってきたが、あれは一つの典型的な「目的型カフェ」である。私が以前勤めていたという「ジャズバー」も、夕方5時から開店だったので「バー」と言っているが、今の時代なら「ジャズカフェ」と看板を出しても通るだろう。私が働いていたのと同じタイプのオールド・ファッションドなジャズバーが、2件の新しい「カフェ」に挟まれて存在する一角が三茶にあるが、「目的をもって集まる場所」としての「カフェ」は、カフェ本来の姿(最初に生まれたカフェ=コーヒーハウスはそういう場所。)である。その時代のスタイルやブームに影響を受ける(最近新聞で「サイエンスカフェ」「NPOカフェ」などというものも存在すると知った。なんでも「カフェ」にすればいいってもんじゃないだろう!と突っ込みたくなる。しかしなぜかマンガだけは今でも「マンガ喫茶」だ。それだけ歴史が古いってことだが、廃れないということは借り物の文化じゃないってことなわけで、ちょっとほっとする。)とはいえ、最終的には今も昔も喫茶店は「コンセプチュアル(笑。なんで日本語にしないのかねえ。)」なものなのだ。

現在進行しつつあるカフェの文化を考えてみると、都会の人間関係をどのように作りあげるか、という試行錯誤が、いろいろなお店を生んでいるように思えてくる。
カフェバーの時は、「大学生」と「社会人」という明確なくくりの間で「合コン」などという人事交流イベントが開催されていたが、今やこうしたイベントニーズ(幅広くいろんな人と知り合いたい)はミクシィなどの「オフ会」に席を譲り、一方で非常にコアな趣味が通じる世界で集まりたい人は、特殊な価値観を提案する「カフェ」に集っている。

インターネットを中心とした「個人発信型メディア」が発達したことで、誰でも、その気になれば、自分の好きなやり方で、多様な人と交流できるようになった。どこかの層と別の層とが「見えないハードル」で仕切られていて、「向こう側はどうなっているんだろう」的な興味が大衆を動かす時代ではなくなり、「自分にとってとりわけ重要な価値観」を共有できるコアな場所を探すニーズが高い時代、ということなのだろうか。

カフェで一人で時間を過ごす女性たちも、ミクシィのオフ会に「セレブな価値観」を共有しに出かける女性たちも(知り合いが「ヒルズ族」系のオフ会に出ていて、興味深い話題を提供してくれる。この話はまた後日。)自分に対するこだわりに見合った何かを求めていてそれが何なのかわからないでいる、という感じを受けるのは同じだ。人とどのように自分を差別化し、自分がどんな人間であるかをプレゼンするのに、以前よりもずっと「誰かによって恣意的に作り出された場」が必要とされているように感じる。
カフェバーブームは、バブル崩壊と時を同じくして終焉したが、この「カフェ」ブームは、何の崩壊とシンクロして終わりを迎えるのだろうか。
興味深い。

さて、なんだかよくわからない話の展開になってしまったが、今日のメインテーマは「ニットカフェ」なんだった。
なぜかと言えば、これは私が参加している「レストラン&カフェ&ワインバー」のイベントだからである。このお店は以前にも一度紹介したが、その後ニットの集まりがあることを知って、時間がとれる時に参加するようになった。
実はニットが趣味なのだ。

どうも最近編み物ブームが来ているとやらで、ニットカフェのことが新聞や雑誌にも取り上げられているのだが、おそらくこれは(残念だけど)一時的なブームで終わると思う。しかし、編み続けて30年(本当に小さい時におばあちゃんから習ったのが最初。途中全くしない時期もあったが、ここ数年、ストレス解消のために再開した)の私としては、できるだけブームが長く続くことを祈っている。編み物に光が当たる、って(特に日本では。やっぱりある程度寒い国の文化だろう。)、滅多にあることじゃない。

このイベントは月2回、隔週火曜日に開催されている。(今日もある)その他にも、音楽や映画、政治のイベントも開かれていて、「カフェ的場」としてかなり成功している。
まだ「カフェ」未体験で、「若者の集まる場所はちょっと・・」という年寄りにもやさしい店なので、興味のある方はぜひ、ご一緒に編み物しながら、カフェ論の続きをいたしましょう。
(できない人には教えます!男性も来ていますよ!)

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by fishmind | 2006-04-04 11:18 | 文化と芸術の話