2011年3月20日(日)の20枚
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3月20日。長かった日録も今日が最終日だ。
20日間毎日撮った自分ちの玄関前(角度は日によって違うよ)。

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2011年3月19日(土)の20枚
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20日間の日録もあと1日を残すのみとなった3月19日。
今日は、私にとって特別な日。
3年間がむしゃらに頑張って獲った学位の授与式と、3年間ともに学んだ教授、先輩後輩との最後のディスカッションミーティングがあるのだ。正装し、満を持して青山一丁目に向かう。

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2011年3月18日(金)の20枚
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発災から1週間。
数日間良いお天気が続き、世界が一気に春めいてきたけれど、原発事故の大規模な被害が連日報道されて、静かな日常とは裏腹に緊迫した日々が続いていた。

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2011年3月17日(木)の20枚
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今日は、以前から予定していたインタビュー調査のため、社会福祉施設に出向いた。

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2011年3月16日(水)の20枚
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さらに一夜明けて16日。
毎週水曜日はボランティアセンターでニットのワークショップを行っており、出かける予定がなかったので、久しぶりに1日三軒茶屋にいた。

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2011年3月15日(火)の20枚
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この日は、社会福祉士国家試験の合格発表の日だった。
発表時刻は正午で、厚生労働省のウェブサイトに受験番号が公開される。
ホントに公開されるのかな?などとちょっと疑いつつ、今日は前から予定していた確定申告をしなければならなかった。しかしこちらも申告できるのかな?ま、税金のことだから絶対窓口は開いているだろうと出かける支度をしていたら、友人から電話がかかってきた。
友人はある国際交流プロジェクトの仕事をしているのだが、宮城県の協力者の安否確認が進んでおらず、手伝ってほしいのだという。今日は事務所に出ず、彼女の自宅で作業をしているというのだ。
友人は区役所の近くに住んでいるため、確定申告の後に寄ることは可能だった。

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2011年3月14日(月)の20枚
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原発事故が報道されてから丸2日が経った2011年3月14日。
さすがに、というべきか。
ようやくこの頃から東京でも「世の中ただならぬことが起こっている」という雰囲気が世間のムードとして漂い始めていた。月曜日だったが、普段通り出勤した人と、自宅待機になった人がいたようで、街は普段より空いていた。
小さい子どもを連れて東京を離れる人が出始めたのもこの頃から。
私も事故直後から、子どものいる知り合いには避難を勧めていたが、あまり真面目には聞いてもらえなかった。人々の「原子力発電所についての知識の差」が、行動の差を生んでいたように思う。

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